こっくりさんは嘘なのか──「実在するか」という問いの立て方
「こっくりさんは本当にいるのか」
この形で聞くと、答えが出ません。 一つの問いに、性質の違う3つの問いが混ざっているからです。
分けると、それぞれには答えられます。
3つに分ける
| 問い | 答え |
|---|---|
| ① 硬貨は本当に動くのか | **動きます。**これは物理的に起きている |
| ② 誰かがわざと動かしているのか | 多くの場合そうではありません(不覚筋動) |
| ③ 動かしている存在がいるのか | **説明としては不要です。**参加者の指で説明がつく |
「嘘か本当か」で聞くと、①②③が混ざります。 だから「本当だ」と言う人と「嘘だ」と言う人が、 別のことを言っているのに議論になります。
①「硬貨は動くのか」──動く
ここを疑う必要はありません。
体験した人が「動いた」と言うのは事実の報告です。 動かないものを動いたと言っているわけではありません。
「嘘だ」と言う人が否定しているのは、たいてい③のほうです。 ①を否定しているわけではありません。
②「わざと動かしているのか」──多くはそうではない
不覚筋動は、自覚のない微細な筋肉の動きを指します。
参加者は嘘をついていない。本当に自分が動かした覚えが無い
「やらせ」と「無自覚」は別物です(→ 誰かが動かしているのか)。 やらせの場合もありますが、それは見分けられます。
③「存在がいるのか」──説明としては不要
ここが本題です。
硬貨が動く理由 … 参加者の指の力で説明がつく
答えが出る理由 … 参加者の予期で説明がつく
当たることがある理由 … 参加者の誰かが知っていた情報だから
つまり、外部の存在を持ち出さなくても現象が全部説明できます。
これは「存在しないことの証明」ではありません。 「説明に必要ない」というだけです。この2つは違います。
「説明がつく」と「存在しない」は違う
このサイトが取っている立場です。
◎ 言えること … 「起きていることには説明がつく」
✕ 言わないこと … 「霊は存在しない」
✕ 言わないこと … 「本当に霊が来る」
存在するかどうかは、この現象からは分かりません。 分かるのは「この現象は、存在を持ち出さなくても説明できる」ということだけです。
どちらの断定もしません(articles.md の方針①)。
「当たった」という体験をどう扱うか
これがいちばん多く語られる根拠です。
・誰も知らないはずのことを言い当てた
・後から本当になった
順に見ていきます。
誰も知らないはずのこと
まず「本当に誰も知らなかったか」を確かめる余地があります。
・参加者の誰かが、忘れていた情報を持っていた
・断片的に知っていた情報が、その場で組み合わさった
・後から「知らなかったはずだ」と記憶が整理された
3つ目が起きやすいです。記憶は後から書き換わることが知られています。
後から本当になった
・曖昧な答えは、後から何にでも当てはめられる
・当たった例だけが記憶され、外れた例は忘れられる
(これは誰にでも起きる。特別なことではない)
これも「嘘をついている」という話ではありません。 記憶と解釈の性質の問題です。
「トリック」という言い方について
サジェストに「こっくりさん トリック」があります。
ただし「トリック」は②(わざと動かす)を指す語です。 不覚筋動はトリックではありません。仕掛ける人がいないからです。
トリック … 仕掛ける人がいる
不覚筋動 … 誰も仕掛けていない。全員が無自覚
「トリックだ」と言うと、参加者を嘘つき扱いすることになります。 そこは区別したほうが正確です。
まとめ
- 「嘘か本当か」は3つの問いが混ざっています。分けると答えられます
- 硬貨は動きます(①)。ここを疑う必要はありません
- 多くはわざとではありません(②)。参加者は嘘をついていません
- 存在を持ち出さなくても説明がつきます(③)。ただしこれは存在しない証明ではありません
- 「説明がつく」と「存在しない」は違います。どちらの断定もしません
- 「当たった」体験は、記憶と解釈の性質で説明できる部分が大きいです
- 「トリック」は不適切です。仕掛ける人がいないためです